<導入事例>

東京音楽大学
中目黒・代官山キャンパス

“東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス”では、Genelecのスタジオ・モニターが全面的に採用されている


東京音楽大学の新キャンパス、“中目黒・代官山キャンパス”に開設されたこのスタジオは、どのような学科で使用されるスタジオになるのでしょうか。

佐野:音楽学科の作曲指揮専攻の中に『映画・放送音楽コース』というコースがあり、基本的にはその実習で使用するスタジオになりますが、他のコースで使用するケースもあります。『映画・放送音楽コース』は、商業音楽の世界で活躍できる人材の育成を目的に1989年にスタートしたコースで、作曲や編曲、楽器演奏だけでなく、プリプロダクションやスタジオ録音、プロデュースなどを含む実践的なカリキュラムになっているのが特徴です。このコースがスタートしたときに池袋キャンパス内に小規模なスタジオを開設し、その後校舎を新築するタイミングで地下に本格的なスタジオを造りました。現在は改装中なのですが、そのスタジオは現在でも使用しています。MTRはスタジオ開設時に24bit対応のソニー PCM-3348HRを入れ、その後はDAWとしてAvid Pro Toolsを導入しました。コンソールは国産のAdgear Over Qualityで、大きなトラブルもなく20年以上運用できています。他にはアウトボードを多数揃えた典型的なレコーディング・スタジオというシステム構成ですね。

東京音楽大学の映画・放送音楽コースにて講師を務めるレコーディング・エンジニアの佐野秀明氏

“中目黒・代官山キャンパス”に新しいスタジオを開設するにあたり、どのようなコンセプトがありましたか。

佐野:一番にあったのは、オーケストラの録音がしっかりできるスタジオということ。キャンパス内にコンサート・ホールや大きな箱ができることが分かっていたので、そういった空間を有効活用できるスタジオにしたいと考えました。本学ではこれまでも卒業作品などでオーケストラを録るということはやってきましたし、大学在籍時から奏者として外部の録音に参加する学生も多いんです。そういった録音をすべての学生に体験してほしいな、と。そして『映画・放送音楽コース』の主任教授である小六禮次郎先生が日本音楽スタジオ協会に相談し、今、新規でスタジオを造るのであればどんなスタイルがベストか、検討していったというわけです。最初に日本音楽スタジオ協会、ミキサーズラボさんに相談したのは、2〜3年前のことだと思います。

高田:小六先生からは、とにかく最高の音と最高の映像のスタジオにしたいというお話がありました。その上で、単に実習で使用するだけではなく、音楽を発信できる場にもしていきたいと。また、楽器演奏と録音は表裏一体なので、プレーヤーが演奏したものをしっかり録音できる環境を整えてほしいというお話もありましたね。そういったお話を受けて、我々としてはできるだけピュアなご提案をしようと考えました。

ミキサーズラボの高田英男氏。東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパスのスタジオ設計において、企画から提案までを行った

スタジオの中心となるコンソールには、API Legacy AXSが導入されています。コントロール・サーフェースやデジタル・コンソールを導入するアイディアはありませんでしたか。

高田:まったくありませんでした。コンソールというのは録音の基本になるものですから、デジタル・テクノロジーの影響を受けないものを導入したいと思ったんです。小六先生がコンセプトとして掲げた最高の音を実現する上でも、アナログ・コンソールの導入というのは外せませんした。これに関しては最初からブレませんでしたね。

梅津:そもそもアナログ・コンソールが無いスタジオというのが、ぼくには信じられませんよ(笑)。今の時代、プラグインを使えば後からどうにでもなると思っている人もいるかもしれませんが、ハッキリ言ってそれは完全に間違い。音はマイクで収音されてアンプで増幅され、電気信号に変えられるわけですが、この部分がしっかりしていなければ、どんなに優秀なプラグインを使っても良くなりません。プラグインというのは、高いクオリティで録音した上で、あくまでも補助的に使用すべきものなんです。そして高いクオリティで録音するためには、アナログ・コンソールが不可欠。特にこのスタジオで録音するものはアコースティック楽器が基本になるわけですから、生音の圧倒的な情報量と表現力をしっかり捕らえるためにもアナログ・コンソールは絶対に必要だと思いました。

高田氏と共に構想段階から深く関わったミキサーズラボの梅津達男氏

佐野:音質に加えて、アナログ・コンソールの方が操作が早いというのも重要です。実際の録音では、わずか2テイクの間に音を作らなければならなかったりしますから、そうなるとコントロール・サーフェースやデジタル・コンソールでは対応できない。エンジニアもプレーヤーと同じように、コンソールを“演奏”しながら音を作るわけですからね。現時点ではアナログ・コンソールに勝るものはないというのが正直なところです。

高田:アナログ・コンソールの選択肢は、今はそれほどあるわけではないのですが、どんな音楽にも対応でき、シンプルでクリアな音のコンソールということでAPI Legacy AXSを選定しました。APIのアナログ・コンソールは、NHKのスタジオで何度か使ったことがあり、音の質感がとても良いなと感じていたんです。

梅津:DAWはAvid Pro Tools | HDXシステムで、オーディオ・インターフェースはHD I/Oが3台で48ch分入っています。

佐野:また、ホールや教室とはMADI回線で繋がっており、ホールの演奏を録音するということも可能になっています。逆に教室をリスニング・ルームとして使うこともできるので、学生全員でプレイバックを聴くということも可能です。普通のオーケストラですと全員でプレイバックを聴くということはないと思うんですけど、学生には自分たちの演奏がどのように録音されているのか聴いてほしいと思い、わがままを言って何とか実現してもらいました。本当に素晴らしい環境になったと思います。

設備だけでなく内装や雰囲気も完全に業務スタジオという感じですね。

梅津:コントロール・ルームの前方の側面は最初、吸音面だったんです。しかし少しデッド過ぎてパワー感や音楽的な音の豊かさが失われてしまっている感じがした。それでトライ&エラーを繰り返しながら、前方の側面は反射面にしたり、いろいろ形を変えていったんです。スタジオの音響というのは、本当に微妙な違いでガラッと変わりますからね。

佐野:とりあえず今は箱ができただけの段階だと思っています。建物の落ち着き加減も年月が経てば変わっていくと思いますし、今後使いながら完成させていくという感じですね。


スタジオ内のスピーカーはすべてGenelecで統一されています。他にも選択肢があったのではないかと思いますが、Genelecのスタジオ・モニターを選定された理由をおしえてください。

高田:ぼくはずっとGenelecをリファレンスとして仕事をしてきましたので、そのサウンドが自分の中に完全にインプットされているんです。アコースティック楽器をしっかり録れて、ジャンルを選ばずポップスなどにも対応でき、安心して作業ができるスタジオ・モニター。そういった基準でGenelecを選定しました。

梅津:Genlecのスタジオ・モニターって、今や標準言語になっていると思うんです。Genelecがあれば、初めてのスタジオでもとりあえず作業ができる。ある程度音が想像できるというか。ほとんど迷わずにGenelecを選定した感じですね。

佐野:音量を下げても音楽の内容が変わらないのが、Genelecの良いところだと思っています。それに梅津さんがおっしゃったように、スタジオの標準になっているというのも大きい。学生たちがこれから音楽家として社会に出ていくことを考えると、早いうちから標準の音に慣れておいた方がいいだろうと。池袋キャンパスにもGenelecが入っていて、スタジオでは1035A、ほぼすべての教室では1032Aを使用しています。

高田:Genelecは音量を上げていっても本当に音像が崩れないんですよ。ぼくが最初にGenelecの音を聴いたのは、もう30年くらい前のことになるんですが、イギリスのあるスタジオで試聴させてもらった際、その音像の崩れなさに、“これは凄いな”と驚きました。それでビクタースタジオに導入することにしたんです。でも、いくらGenelecと言っても、ただポンと置いただけでは良い音が出るわけではありません。良い音を出すためには、それなりのコツが必要。いろいろなチャレンジを10年、20年とやってきたので、Genelecを良い音で鳴らすにはどうすればいいか、ノウハウの蓄積が自分の中にあるんです。

スピーカーは、フロントのLRとリアのLRが1234A、センター・スピーカーが1238ACで、さらにハイト・スピーカーとして1238DFが2台設置されたイマーシブ構成になっています。

高田:大学側からは最初、2チャンネルの録音がしっかりできるスタジオというお話だったんですが、ゼロから新たに造るわけですから、絶対にサラウンドに対応させるべきだろうと思いました。ハイト・スピーカーを設置したのは、これからの時代、高さを使った音場表現が重要になってくると思ったからです。個人的にもDolby Atmosのミックスを経験して、それを凄く感じていたところだったので。普通だったらハイト・スピーカーは4本になると思うんですが、この広さで4本設置しても使い分けが難しいだろうということで、2本にしました。

L/Rに採用された1234A(写真右)とセンターに採用された1238AC(写真左)

サイド(写真左)とハイト(写真右)のL/Rとして、1238DFを合計4台導入

佐野:アカデミックな授業を行うコースでは、サウンド・デザインでCycling '74 Maxなども使用しているんですが、そちらの分野でも高さを使った音の表現というのが重要になってくるのではないかと思います。ただ、現時点ではサブ・ウーファーは導入していません。スタジオを運用してからでないとサブ・ウーファーのサイズ感が分からないと思ったので、十分検討してから導入しようと考えています。

梅津:モニター・コントローラーは、API Legacy AXS内蔵のものを使用しているのですが、マルチ・チャンネルに関しては5.1chまでしか対応していないので、ハイト・スピーカーを使う作業用にMartinsound MultiMax EXも導入してあります。

メイン・スピーカーとして1234Aを選定されたのはなぜですか。

高田:どうせ入れるのであれば最新の1234Aを入れようと。1035Aと比べるとウーファーの口径が12インチと小さくなっているのですが、低域はしっかり出ていますし、ダブついていないローというか、扱いやすい音ですね。解像度もかなり上がった印象があります。

梅津:もちろん重低音や低域のパワー感を考えれば、ウーファーは大きい方がいいと思うんですけど、将来的にサブ・ウーファーを導入する可能性もあるので、そのあたりはウーファーの帯域かなと思っています。結果的に1234Aは、この部屋にちょうどいいサイズという感じがしていますね。これよりも小さいものですと、ラージとしての役割を果たさなくなってしまいますし。

SAM(Smart Active Monitor)の音場補正に関してはいかがですか。

高田:SAMに関しては最初、あまり良い印象がなかったんです。SAMを使うと、何となく音像が細くなって、音量感もなくなってしまう印象があって……。なので気になる部分がある場合は、背面のディップ・スイッチで対応していたんですが、あるときディップ・スイッチでは上手くいかない部屋で作業することがあって。そのときに試しにSAMで調整してもらったら、嘘のように音の解像度が上がって、パッと開けたような音像になったんですよ。“これは凄い技術だな”とかなりビックリしましたね。

梅津:当たり前の話ですが、スピーカーだけでモニターの音が決まるわけではありません。どんなスピーカーも良い音で鳴るように設計されているので、それを使う空間、環境が重要なファクターになってくる。ですので、スピーカー単体ではなく、空間を含めたトータルでいかに音を作っていくかということを考えなければなりません。具体的には、反射面や吸音面を上手く使って、いかに定在波を少なくできるか。スピーカーの特性を完璧に引き出すには無響室で鳴らすのがベストなわけですけど、まったく響きがない空間で音楽を聴くというのはあり得ないわけで。優れたプレーヤーが楽器を上手く鳴らすように、いかにスピーカーを鳴らすことができるか。スピーカーを上手く鳴らすにはデータ頼みではダメで、自分たちの耳で気持ちの良い音を作っていくことが重要だと思っています。

ニア・フィールド用に、The Ones 8351Aも導入されていますね。

梅津:ぼくはこれまで、The Onesシリーズをまったく使ったことがなかったんです。実際に使ってみた印象としては、位相感の良さを凄く感じますね。定位が崩れないというか。最初、低域がどの程度出るのか、少し不安だったんですが、実際はまったく問題なかった。下もしっかり伸びていますし、パワー感も見た目以上にある印象です。定位感の良さと音の素直さの両面で、このクラスのスピーカーではベストな選択肢なのではないかと思います。

ニア・フィールド用として導入された8351A

高田:ぼくはフィンランド大使館で行われたThe Onesシリーズの発表会に参加させていただいて、そこで3機種並べて試聴させてもらったんです。自分のリファレンスのCDも持参して。そのときに感じたのは、凄く聴きやすい音だなということ。その印象は今でも変わらないですね。

佐野:8351Aは、これまで以上に素直な音という印象があります。クラシックって、再生環境にとても厳しい音楽なんですよ。ハーモニーだけでなく、単旋律だけで成り立っている曲もありますし、スピーカーの良し悪しが如実に出てしまう。しかし8351Aは、バイオリンのソロ演奏もしっかり鳴ってくれますし、本当に素晴らしいスピーカーだなと思いますね。

The Onesシリーズでは同軸設計が採用されたわけですが、音の傾向はこれまでと変わらない感じですか?

高田:良い意味でおとなしいサウンドになった感じがします。従来のGenelecって、どちらかというと派手な音のスピーカーという印象で、音量を上げるとカッコよく鳴ってくれるというのが特徴だったと思うんですが、The Onesシリーズではそういう誇張が感じられない。素直でとても聴きやすい音というか、音楽に集中して作業ができるスピーカーだと思います。

梅津:一点で音を捕らえられるのが同軸スピーカーの魅力ですよね。1つの音が当たり前のように1つの場所から聴こえる。高田さんがおっしゃったように、これまでのGenelecの華やかでキラびやかな感じは抑えられている印象がありますね。もちろんそれは欠点ではありません。よりまとまりのある音になったという感じがします。

高田:本当にそんな感じですね。派手な音のスピーカーだと、自分の中で計算してしまうんですよ。慣れれば大丈夫なんですけど。

梅津:音の芯がボケないんですよね。マイクを置いた位置や楽器との距離感がしっかり把握できる。おそらくGenelecが狙ったとおりの音になっているのではないかと。ただ8351Aに関しては、今のところSAMは使用していません。この部屋は超低域ではない100Hz前後の低域に少しディップがあるんですけど、現状何もしなくてもフラット感が保たれているので。なのであえていじる必要もないだろうと。もちろん将来的には使う可能性はありますけどね。


あらためて、Genelecのスタジオ・モニターの魅力はどこにあると思いますか。

高田:いちエンジニアとして、スタジオ・モニターに求める条件は、音の解像度と“音色感(ねいろかん)”なんです。もちろん、帯域のバランスの良さも重要なんですが、それは部屋の造りやスピーカーの設置の仕方によってかなり変わってくる。Genelecは、音の解像度と音色感が素晴らしいと思っています。

“音色感”について、もう少し詳しくおしえていただけますか。

高田:ぼくらは楽器を録る際、イメージした音色になるようにマイクを立てるわけですが、スピーカーによっては違った音色感で再生されてしまうものもあるんです。ブースで演奏を聴いて、“ああ、良い音してるな”と思ってコントロール・ルームに戻ると、ブースで耳にした素晴らしい音色感が伝わってこないことが多々ある。この音色感こそ、ぼくが最も重視している部分なんですが、Genelecは決してポイントを外さない。ブースで聴いた音色感をしっかり伝えてくれるスタジオ・モニターだと思っています。

メインのレコーディング・ブース。スタインウェイのフル・コンサート・グランド・ピアノと共に、モニタースピーカーとして1238DFが2chで用意されている

梅津:スタジオ・モニターはフラットならば良いのか、という話だと思うんですよね。演奏者や楽器に個性があるように、スタジオ・モニターにも適度にキャラクターがないと、どこを聴けばいいのか分からなくなってしまう。やっぱり、ある程度はきれいで、派手な音であってほしい。原音に忠実なだけのスピーカーは味がないですし、聴いてきてつまらないですよ。スタジオ・モニターにキャラクターがあったら、作業をする上で障害になるのではと思う人もいるかもしれません。しかしそれは逆で、そのスピーカーならではのキャラクターがあるからこそ、我々エンジニアはそのキャラクターを引き出すように音を作っていくんです。あまい音のスピーカーで音を作ったら硬い音になるかと言ったらまったく逆で、あまい音のスピーカーで音を作ると、あまい音ができるんですよ。硬い音のスピーカーで音を作ると、硬めの音になったりする。華やかなスピーカーで音を作ると、その華やかさが音の中にずっと残るものなんです。そのへんのバランス感覚が、Genelecのスタジオ・モニターは抜群に優れていると思っています。

佐野:本当にそのバランス感覚ですよね。音の豊かさと厳しさのバランスというか。スピーカーであるからには音楽を心地よく聴かせる能力というのは絶対に必要。Genelecはその能力を持っていて、その上で音の細かさを把握できるシビアさも持ち合わせている。また、ソースを選ばないというのもGenelecの魅力だと思います。オーケストラにしても、完全なバイオリンのソロにしても、ポップスやEDMにしても、反応良く再生してくれる。本当に信頼できるスピーカーだと思います。

一流のサウンドに親しんでほしいという意味合いから、“東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス”では教室にもGenelecのスピーカーを導入。8050Cや1237A、8040Bなどさまざまなモデルが活躍している

最後に、今後のGenelecに期待することがあればお聞かせください。

高田:イルポ・マルティカイネンさん(注:Genelecの創業メンバーの一人で、元会長。2017年永眠)にお会いしたときに何度か提案させていただいたんですが、やはりスーパー・ツイーターですかね。現状でもハイレゾの超高域の質感は凄くよく分かるんですが、スーパー・ツイーターがあると音がやわらかく聴こえるんですよ。なので怖くてミックスのときは切ってしまったりもするんですけど、Genelecにはいずれスーパー・ツイーターを作ってほしいですね。

梅津:当たり前なんですが、SAMは下げることしかできないので、持ち上げられるようになったらいいですね。部屋を調整しているときに、ここを少し足したいということがあるので……。まぁ、Genelecとしては、無いものは足さないということなんでしょうけど(笑)。

佐野:私の要望としては、この素晴らしいサウンドを一般の人にも届けてほしいということですね。家庭やお店でも、このサウンドを体験できるようにしてほしい。これはぜひGenelecに期待したいことです。

本日はお忙しい中、ありがとうございました。

“東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス”の詳細
www.tokyo-ondai.ac.jp/d/