Genelec

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ふるさと納税の仕組みを活用し、新しい美術館の無料ゾーンに展示するオリジナル作品を委託制作するプロジェクト、『みんなのアートプロジェクト』。これまで、2021年に制作された2つの映像作品を上映してきましたが、『配置訓練』はその後継プロジェクトである『第Ⅱ期みんなのアートプロジェクト』の成果展示として作られたインスタレーションです。そもそもこのプロジェクトの発端について、同美術館の学芸員である松井 正氏は次のように話します。

松井「長野県立美術館は、2021年に大きなリニューアルを行いました。そのタイミングで学習的なワークショップを行ったり、お客様にくつろいでいただいたりするような汎用的なスペースとして、『配置訓練』を展示している交流スペースという場所を作りました。長野県は日本に現存する最も古いとされる映画館のひとつがあったり、童謡の『夕焼小焼』を作曲した草川信を輩出するなど、映像や音楽といった文化とも深い繋がりがある土地です。このことを踏まえて、リニューアルを契機に写真やビデオ、アニメーションの紹介にも力を入れてこうという話になり『みんなのアートプロジェクト』がスタートしました。その作品を皆様にご覧いただくということも、このスペースの重要な役割となっています」

これまで長野県立美術館では、主に「長野にゆかりのある作家」という視点から人選を行ってきたと松井氏は振り返りますが、より豊かな展示を行っていきたいという想いから、第3段ではかねてより交流のあった長野県出身のキュレーター、阿部一直氏に人選を依頼することになります。そこで白羽の矢が立ったのが、サウンド・アーティストとして活動する細井氏でした。

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館


細井「私はビジュアル(映像)は音よりも強いと思っているので、普段は映像の作品は作らないようにしています。ですから、当初はなんで私に話が来たんだろうって思いました。話を聞いていくと、この作品は美術館の収蔵作品になるっていう話で、それであれば、普通の美術館では収蔵しないであろう、例えば地形のデータなどのデータベースを活用した作品にできればいいな、と思いました。そこで、データベースを活用した表現が非常に上手で面識があった比嘉さんにお声がけして、一緒に作品として作っていくことになりました」

インスタレーションの展示が決まり、細井氏が美術館へ下見に行った際、まず気になったのは音の再生環境だったと振り返ります。もともと多目的な用途を想定していた交流スペースでは、館内放送や簡易的なBGMを想定したスピーカーしか用意されていませんでした。より優れた環境での体験を提供するために、細井氏自身が美術館への導入を打診したのがGenelecのスピーカーでした。

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館

長野県立美術館で採用されたのは、8020D。細井氏はRAWフィニッシュを選択した理由を、「長野県立美術館のインテリアに合うと思いました。実際に、展示空間の天井のアルミ製ルーバーとも馴染んでいると思います」と話す


細井「今回、美術館に採用いただいたスピーカーは、実際に私も自宅で使用しているものと全く同じモデルで、音もよく知っています。私は、スピーカーは見た目でも音でも "ゼロ" であって欲しいと思っているんです。Genelecは色々なところで活用されているので、多くの人が知っている音という意味でもニュートラルで、より作品を受け取る側で自由な想像ができるんじゃないかと考えています。また、現場でいかようにも設置できるフィジリティ(設置性)の高さもGenelecを選んだ理由のひとつです。天吊り、置き、スタンド、他にもシンプルな造作で設置のハードルを下げることは、デジタルの作品を取り扱う美術館でも重要な視点だと思います。あとは、もし自分がこの展示以降に音を使う作品を展示する作家だとして考えた時に、やはりGenelecがあると安心という気持ちがありました」

導入の打診を受けた松井氏も、実は学生時代からGenelecのサウンドに触れていたそうで、「音の良さや安心感も含めて間違いがないスピーカー」というイメージを抱いていたと話します。

松井「このプロジェクトをランドスケープ・ミュージアムを掲げる当館を象徴するような豊かなものにしたいという想いもございましたので、私自自身もその良さを肌で感じていたGenelecを当美術館で導入するに至りました。実は以前、別のスピーカーを使った展示も行ったことがあるのですが、Genelecはそれよりもサイズが小さいにも関わらず、豊かな音が得られていると思います」

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館

サブウーファーには、7050Cを2基導入


今回の『配置訓練』で使用されたのは、国土地理院が公開する長野県立美術館周辺の地形データと実際の恒星の位置情報の観測データで、20分間という長さで一周するように制作されています。

細井「作品のコンセプトは、今、私たちが置かれている、日々生まれ蓄積されるデータを処理しきれていない状況、つまり解釈の更新やデータの保存、再生の方針も定まらぬまま、なんとなく溺れてしまっている状況に対して、かつて星座を見出した時の先人たちのように、自由な発想で情報を処理したりコミュニケーションを取るために記号化したりといった行為を促すための作品です。"配置" は英語で "constallation"、"星座"の意味も持っています。"訓練" はその名の通りですが、この作品自体が残すべきものであるわけではなく、こうして我々制作者が思考実験をしたという行為を鑑賞することによって、鑑賞者にとっての自由な情報処理の訓練のきっかけになれば、という想いから採用したタイトルです。星座という言葉は、学術的には地球を緯度経度に沿った境界線で区切った領域を示しているそうです。古来人々は、恒星の位置情報という季節や方角を知るために重要なデータを、今日我々が呼んでいる "星座" という記号に置き換えてコミュニケーションを取ってきたと理解して、作品のコンセプトに繋がりました」

構想から非常に長い時間をかけて取り組んだというこの『配置訓練』ですが、制作では映像に合わせて音をつけて行くというようなどちらかに主体が置かれるようなイメージではなく、双方にイーブンな関係でコミュニケーションを取りながら進んでいったと振り返ります。長野県立美術館と恒星の位置関係を表現した映像に合わせて、細井氏の声を幾重にも重ねた複雑なトラックが彩りを添えています。

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館


細井「音作りについては、ほとんどが私の声でできています。自分の声では出せない低音(サブの帯域)については、サイン波をベースとした音を使っています。基本的に自分の声以外の音を使う時には、自分の声の成分に近い音を使いたいと思っているので、サイン波ベースで作っていくことが多いです。ただ、あまり重ねすぎると音がモアレのようになってしまうので、あくまでも自分の声だけでは芯が作れない場所や、声が出ない帯域に絞っています。音の配置については詳細はエンジニアの奥田泰次さんに一任していますが、曲を作る段階で奥田さんも驚いたくらいのかなりの音数なので、"どこにこの音を置こうか?" というより、"早く広げないとミチミチのところに私が詰め込まれていてかわいそうだから広げよう" といった感覚なんじゃないかなと想像しています。奥田さんに限らず、私はここの音をこうしてください、というオーダーはほぼしないで、作品のコンセプトを詳細に共有します。例えばこのセクションはこういう意図があって、とか、音よりも、音を聴いた時の読後感というか聴後感を伝えるようにしています」

作品の表現に声、それも言葉ではない声を使うのは、最も固有のキャラのない何者にでもなれる素材だから、ということが理由のひとつとなっています。そこで必要となったのが、声が持つ多彩な表現をニュートラルに再生できるスピーカーでした。ProToolsのセッションを使い切ってしまうほどのトラックで制作された細井氏の声は、最終的に5つの8020Dスタジオ・モニターと2つの7050Cサブウーファーで再生されています。ただし、通常の5.1chフォーマットにサブウーファー1chを追加したというわけではなく、横に広い映像と音響体験が対等となるような配置が意図されていることが特徴です。

細井「2つの壁面を使う映像に対して、スピーカーの向きを5.1chフォーマットのようにセンターへスイート・スポットが来るように配置してしまうと、映像は広く見ることができるのに、音は真ん中でしかリッチに体験できなくなってしまう。そうなると映像を見る視線も自然と限られてしまうので、投影面に近い4つのスピーカーを壁面にほとんど並行に配置し、Lの2ch、Rの2chの大きいステレオ・イメージを作る方針にしました。フロントの4chとリアの1chは少し離れていますが、リアがあるのとないのでは包まれ感が変わるので、ひとりぼっちの配置になったとしても効果的だと思っています。もちろん、リアにあまり定位が分かりやすい音が来すぎると断絶される印象になるかもしれないので、どの音を送るかも重要だと思います」

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この意図した音作りの実現にあたって重要だったのが、Genelecを選んだ理由のひとつにもなった設置性の高さです。

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館

天井の8020Dは、シーリング・マウントの8000-202Bを使用して設置


細井「私の展示の場合、実際の位置や数で試せるのは美術館に入ってからになります。豊富な取り付け金具が用意されていているGenelecであれば、位置、高さ、角度も簡単に変更できるという前提でスケジュールを組むことができました。流れとしては、平面図で大体のスピーカーの位置を決めて、3Dで改めて見て距離感を確認し、私たちが現場に入る前に施工業者さんに大体の位置に設置しておいていただき、現場に入ったらまずスピーカーの位置・高さ・角度を確定させて、その後、サウンド・チェックに入りました。音響機器の扱いに詳しくない方でも、取り付け金具の構造を見せれば安心してくれるのはすごくありがたいですね。スピーカーの位置が気に入らなければずらすことができる、ということは、現場に入ってから最終調整が行われるインスタレーションの現場においてすごく重要だと思います。ちなみに元々設置されていた埋め込みのスピーカーでは角度も位置も変えられなかったので、変えたい時に変えられるという当たり前の環境をGenelecによって作ることができて良かったです」

長野県立美術館としてもこの『配置訓練』をきっかけとして、映像と音が高い次元で両立したプロジェクトを提示する環境ができたと松井氏は話します。

松井「美術館だと、どうしてもビジュアルが力を持ってしまうというか、ビジュアル優先となってしまうので、これまでは音として何かを提示できる環境ではなかったと自分としては感じていました。今回の『配置訓練』を機にこうした形に整えられたことで、映像と音を活用する『みんなのアートプロジェクト』も本当の意味でようやくスタートの位置に立つことができ、美術館としての "奥行き" が生まれたと感じています。Genelecの導入によって、これまで埋もれてしまっていた地域の映像や音の文化がきちんとご紹介できるようになったことで、美術館としてのレベルをより高めるとができたと思います」

『配置訓練』は、2023年9月10日(日)までの公開です。ぜひ複雑なデータベースと幾重もの声によって織りなされる、映像と音のインスタレーションをお楽しみください。

●展示詳細

第Ⅱ期みんなのアートプロジェクト成果展 配置訓練 細井美裕+比嘉了

場所 長野県立美術館 交流スペース(長野市箱清水1-4-4)
開催期間 2023年7月15日(土)~2023年9月10日(日) ※水曜日は休館
観覧料 無料
キュレトリアルアドヴァイザー 阿部一直
サウンドエンジニア 奥田泰次(studio MSR)

Genelecで高められた美術館としての「奥行き」 - 細井美裕×長野県立美術館

『配置訓練』の開催期間中には、屋上でも、長野市内各地の協力を得て遠隔地からリアルタイムで集音する独自のシステムを用いた、新作サウンド・インスタレーション『起点』が公開される。「ひとりの作家が手掛けた全く毛色の違う作品を、同時期に楽しんでいただけると思います」と細井氏