世界最高樹の生きた響きをGenelec 8010Aと共に奏でるレッドウッド・レゾナンス・プロジェクト

テキサスの田舎で育った頃、父が古い木々に特別な愛情を注いでいたことを覚えています。父は木を植え、手をかけて育て、そしてその魅力を私に語っていました。こうして私は、幼い頃から父の影響を強く受けていたと思います。子供の頃は、家の敷地にある木によく登っていました。ロープなど使わず好奇心だけを頼りに、10メートルも20メートルも登ったものです。木に対する憧れや感動は、子供の頃からずっと抱いていました。フィールド・レコーディングを長年続けてきた今でも、その感覚は私の中に確実に息づいており、「レッドウッド・レゾナンス」プロジェクトも、その感情が大きく影響しています。
巨大なレッドウッドの木に登ることが、これほどまでに深く、自分の心や音の世界にまで響くものだとは、まったく想像していませんでした。「レッドウッド・レゾナンス」プロジェクトは、長年にわたり培ってきた探究心と経験、そして何より「地球で最も古い生態系の物語を音で伝えてみたい」という想いが結実して生まれました。
レッドウッドは地球上で最も高い樹木と言われ、中には樹齢1000年を優に超えるものもあります。そんなレッドウッドの頂からの景色を体験できた人は、これまでほんのわずかしかいないでしょう。今回、専門のクライミング・ガイドと天然林を保護する団体の協力を得て、私はその樹冠に登ることができました。複数の高さに設置したマイクでサウンドスケープを録音したばかりか、空中およそ70メートルの高さに吊るしたハンモックで一晩を過ごすという貴重な体験もできました。
このプロジェクトの目的は、1本の樹木を通して、環境、生物の鳴き声、共鳴などを「音の肖像」として表現することでした。

本当に夢のような体験でした。レッドウッドの森は、まるで大聖堂のように、高く、永遠で、そして静寂に包まれていました。中でも特に印象に残ったのが「針葉の雨」です。森は一見、静寂に包まれているように見えます。しかし、超高感度マイクを使って音を拾うと、雨のような繊細な音の質感が浮かび上がりました。何千本もの針葉がゆっくりと樹冠から落ちる度に響く、極めて繊細な音です。じっとして耳を澄まさなければ決して気づく事はない、本当に美しい音でした。
私は長い時間、ときには24時間にもわたり録音を続け、森が最も静かで繊細な瞬間を記録しました。遠くでレッドウッドの木が倒れる音も収めることができました。深く、響くような爆発音です。あるいは、一本の枝が折れ、90メートルもの高さから空気を切り裂く矢の落ちる音も捉えることができました。このような瞬間は本当に稀で、心をざわつかせる繊細な瞬間と言えます。
カラスとの出会いもありました。

コンタクト・マイクを使って木の内部に伝わる振動を録音していたとき、予想もしない音が突然聴こえてきたのです。カラスの鳴き声でした。最初は、間違えて外部マイクに切り替えてしまっていたのかと思いました。しかし確かにコンタクト・マイクの音でした。カラスの低く力強い鳴き声が木を震わせ、その振動をマイクが捉えていたのです。そのとき私は、空気を通してではなく、木を通して森の音を聴いていることに気づいたのです。
それは新たな発見でした。木は楽器であり、フィルターであり、レゾネーターでもあるのです。その響きはチェロのように深く、温かく、そして神秘的でした。同じ手法をフクロウや他の鳥にも試してみました。風ひとつ無い静寂の中では、森の生き物たちの音を、木の「中から聴く」ことができます。木は音を感じているのです。
この経験から、プロジェクトの軸となる「フィードバック・ループ」というアイデアが生まれました。
木の根元にGenelec 8010 モニターを設置し、樹皮にコンタクト・マイクを仕込んで、音を木にフィードバックする実験を始めました。例えば、森の中でフクロウの鳴き声を録音し、それをスピーカーから鳴らし、木の振動をふたたび録音します。そしてまた同じことを何度も繰り返します。ループを重ねる度に音は変化し、木の「音色」が浮かび上がります。まるで音の錬金術のようです。最終的に元の音とは全く異なる、古代の木による深く心に響くドローンが完成しました。

私はこれまで10年以上にわたってGenelecモニターを使い続けてきました。大学院時代に始まり、スタジオで、そして自分の制作環境に至るまで、Genelecの正確で透明なサウンドは、私の創作活動を支えてきました。しかし、今回のように野外に持ち出したのは初めてのことです。8010はコンパクトで信頼性が高く、実験を成立させるのに十分なパワーを備えていました。
単に自然の音を録音するだけでなく、自然を理解し、守り、人々に感動を与える形で共有する。私にとって、これこそが環境音で物語を紡ぐことの本質です。人々が自然をより身近に感じ、より深く、より感情的に、力強く繋がる。それがこの作品の目的です。
「レッドウッド・レゾナンス」は、失われつつあるサウンドスケープを記録し、守るための試みでもあります。レッドウッドの森は、何世紀もの間、周囲の音に耳を「聴き続けて」きました。このプロジェクトは、私なりの森へのフィードバックと言えるかも知れません。
「レッドウッド・レゾナンス」は、長い旅の始まりに過ぎません。これまで私は長年にわたり、氷河やクジラ、そして地球上で最も隔離された生態系の声を探求してきました。近年はイマーシブ・フォーマットを導入したことで、これらの物語をより深く追求し、聴く人がその場所や瞬間をリアルに感じることができるようになりました。
これからの私の旅に、ぜひ耳を傾けてください。ありがとうございました。
トーマス・レックス・ビバリーについて
フィールド・レコーディング・アーティストとしてのトーマス氏の目標は、長期にわたる探検に出かけ、自然の音を録音し、その冒険から得た物語を彼なりの形で共有することです。彼の探検はときに過酷な環境で行われ、登山、ツリークライミング、ダイビング、スキー、バックパッキングといった冒険の要素と、フィールド・レコーディングによる音のストーリーテリングが大きな柱となっています。過去の歴史を振り返ると、このような表現活動は主に冒険写真や映像制作として発信されることが一般的でした。それに対しトーマス氏は「アドベンチャー・フィールド・レコーディスト」として独自の活動を続けています。未知の音を求めて未踏の自然へと旅立つこと、それこそが彼の探究心の原点なのです。
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