Genelec360 Reality Audio

360 Reality Audio360RA20217360RAGenelec

世界的にも注目を集める「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」コンテンツの専門制作スタジオとして、「山麓丸スタジオ」が2021年7月に東京・青山にオープンしました。大滝詠一「A LONG VACATION」はじめレコーディングエンジニアとして数々の名作を手がけてきた吉田保氏を顧問に迎えた同スタジオでは、全天球360度立体音響空間での適切なスピーカーモニター環境を実現するために、Genelecの同軸スピーカーThe Onesシリーズの8331が13本と2台の7360、そしてそれらのスピーカーをマネジメントするGLM(Genelec Loudspeaker Manager)が全面的に採用されています。

本稿では、「山麓丸スタジオ」が設立されたいきさつをはじめ、360RA制作スタジオ構築に欠かせない機材やルーム環境、そして、Genelecのソリューションが如何にしてその360RA制作環境を強力にバックアップしているのかを株式会社ラダ・プロダクションの代表の原田亮氏と、同社エンジニア/ディレクターであるChester Beatty氏にお聞きしました。

―― まずは、360RAに特化したスタジオを作ることになった経緯から教えてください。

原田 2020年の夏前くらいに、ソニーさんのご厚意で、とあるスタジオにて360RAのデモを聴かせて頂く機会があったのですが、そこでの体験を経て、我々プロダクション、つまり、プロデューサー、ディレクター、エンジニアの総意として、「これを使った作品制作をぜひ自社でやってみたい」ということになり、360RAに特化したスタジオを設立することになりました。

株式会社ラダ・プロダクション 代表取締役 原田 亮 氏

株式会社ラダ・プロダクション 代表取締役 原田 亮 氏


―― 360RAのどこに最も魅力を感じましたか。

原田 まず、ヘッドフォンなどのモバイル環境の中でエンドユーザーが全天球の立体サウンドを体験できる、というのがひとつ大きなポイントとしてありました。もうひとつ、ヘッドフォン環境での立体音響の体感はそもそも個人差が出やすいと思うのですが、360RAの場合は、各自の耳の形を測定した個人のHRTFにマッチした全天球音像を作れるため、その個人差を抑えられるところがポイントだと思います。もちろん、360RA自体で表現可能なサウンド・デザインが、作り手にとって新しくて魅力的だったということも決定的な理由でした。

――360RA対応のスタジオを構築するにあたり、通常のスタジオと大きく異なる点はどこなのでしょうか。

原田 ご覧のように全天球型のスピーカー・レイアウトにすることが前提となっていますので、これにあたってリスニング・ポイントとスピーカーの間に、通常のステレオと同じように遮蔽物をなるべく置かない方がよいということで、ラック機材をスタジオの外側に出してワイヤリングしてあります。もう一点は、ソニーさん自体が360RAの遮音基準やスピーカー・レイアウトのガイドラインを出していて、音響の施工時から、それに準拠した天井裏の遮音性能やスピーカーの設置角度設計をする必要がありました。

全天球を描くように山麓丸スタジオに設置された8331

全天球を描くように山麓丸スタジオに設置された8331


―― 特にご苦労された点はありますか?

Beatty まったく新しいことですので、施工業者さんにひとつひとつ説明しながら、テストを踏まえながら作っていった、ということが一番苦労した点ですね。(360RAのスタジオ施工は)初めてのことですので、どのように施工するかのディスカッションを何度も重ねました。

株式会社ラダ・プロダクション ディレクター Chester Beatty 氏

株式会社ラダ・プロダクション ディレクター Chester Beatty 氏


―― ヘッドフォンでのリスニングを想定した360RAのコンテンツ制作において、スピーカーが果たす役割とはどのようなものでしょうか?

Beatty ヘッドフォンでのリスニングが前提の360RAですが、コンテンツ制作においてスピーカーは大変重要になってきます。というのも、360RAのミックスをする時は、実は360RAならではの特性があって低音の処理がすごく難しかったりするのです。また、360RAではユーザーが音を聴く際にヘッドフォン本体の特性に大きく左右されます。なので、エンジニアとしては自分なりの低音に関して明確な基準を持っていないとユーザーの反応の迷うことになりがちです。だからこそ、その低音の処理をしっかりとキャッチするためには、ヘッドフォンだけでなく、空間に響いたリアルな音を聴かなくてはならないので、スピーカーのセッティングが必要になってくるというのが一番大きなポイントですね。

―― それはやはり、チャンネル数が多くなることも影響しているのでしょうか?

Beatty 低音は、チャンネル数が多くなるほど定位が不明瞭になりやすいので、それがしっかりと見えるスピーカーで音を確認することが、締まった低音、締まった音像定位を作る重要なポイントかも知れません。

―― 360RAでのスピーカー・モニタリングにおいて、課題となったことはありますか。

Beatty スピーカーが沢山囲んで置かれている状況ですので、音のセパレーションが悪かったり指向性が悪かったりすると、正確なモニタリングが大変困難になります。よって、ひとつひとつの指向性がハッキリしている同軸型のスピーカーの使用が望まれました。

モニタリング作業中のChester Beatty氏。360RAのモニタリングでは、優れた指向性が重要という観点から同軸型スピーカーを選択したと話す

モニタリング作業中のChester Beatty氏。360RAのモニタリングでは、優れた指向性が重要という観点から同軸型スピーカーを選択したと話す


―― なぜGenelecのスピーカーを選択したのでしょうか?

Beatty もともとスピーカーを選ぶ際に一番重要だと考えていたのは、より最新のものを使いたいということでした。スピーカーは必ず時代性というものが出てきます。それこそ80年代に作られたものであればアナログレコードを再生するのにすごく良い音であったり、90年代に作られたものであればCDを作るためにすごくマッチしていたりするのですね。 そして、いま私たちが取り組んでいるのは最新の技術とフォーマットですので、それに対応したスピーカーである必要がありました。その中で、最新のスピーカーをいくつか聴かせて頂いた結果、我々に最もマッチしていると感じたのが、Genelecのスピーカーだったのです。

天井に設置された8331。豊富に用意されたマウント・アクセサリーによって自由な設置が可能となる

天井に設置された8331。豊富に用意されたマウント・アクセサリーによって自由な設置が可能となる


―― 他社製品と比較した際に、具体的にはどのようなアドバンテージを感じられましたか。

原田 やはりマルチ・スピーカーで音を出すとなると、位相干渉や低音の膨らみが気になってきますが、GLM機能でセッティングをしたところ、360度の音がスウィート・スポットで明快な全天球で聴こえることが非常に魅力的に感じました。スタジオ運営にあたって日々のセッティング調整やその修正は欠かせませんが、それを正確に、かつ手軽に実施できることもありがたいですね。もう一点、GLMはクラウドでアルゴリズムがアップデートされるとうかがったので、これから360RAのスタジオがもし増えていくようであれば、そういった環境に相性のいいデータも増えていくと思いますので、そちらも楽しみにしています。

GLMの測定用マイクロフォンをセッティングしている様子。GLMを使うことで360度の音が明快な全天球で聴こえるようになったと話す

GLMの測定用マイクロフォンをセッティングしている様子。GLMを使うことで360度の音が明快な全天球で聴こえるようになったとのこと


―― Genelecのスピーカーに対するインプレッションを教えて下さい。

Beatty 実はGenelecを採用しているスタジオを使うことはいままでも多かったのですが、自分たちで設置して聴いてイメージが変わりましたね。お国柄なのか、すごく自然な感じがするといいますか。「あ、ほんとのモニタースピーカーってこういうことなんだな」って再度認識させて頂いたという感じはあります。

原田 同軸のスピーカーは、他にもハイエンドなメーカーさんでいくつかありますが、パワーがすごく出るとか迫力があるとかは他のメーカーさんもあると思います。そのうえでGenelecのスピーカーは、非常に小さいボリュームから大きいボリュームまで、ナチュラルに音が立ち上がり気持ち良いという印象を受けました。結果、それを360RAの13台のスピーカーで聴いた時にリッチに聴こえる、自然に聴こえるという印象を持ちましたね。

Beatty サブウーファーに関してもこれまでいくつかのメーカーのものを使わせて頂いたのですが、ブーミーな感じのものも多かったんです。それはそれで音として楽しいのですが、Genelecのサブウーファーはすごく自然な感じで音が出てくるので楽しく聴けますね。これは使ってみて驚いたことのひとつです。

サブウーファーに導入された2台の7360

サブウーファーに導入された2台の7360


―― 今後の360RAに期待するところはありますか。

原田 360RAの最大の魅力は、エンドユーザーの方がこれだけスマートフォンを毎日使われていて、移動中でも家でもワイヤレス・イヤフォンやヘッドフォンで音を聴いているところに立体音像を届けられることだと捉えております。ですので、まずひとつ期待するところとしては、今後360RAが色々なプラットフォームに対応していくと良いなと考えています。僕らはそれにあたって、新作のポップスの楽曲から、それこそ吉田保様がやっていたような80年代のシティポップの音源まで、このスタジオでどんどん360RAの魅力を感じるようにリミックス、つまり新しい形でのミックスダウンをできたらと思います。もうひとつは、360RAは映像との親和性が高いフォーマットでもあるので、今後、ライヴ配信やミュージックビデオのようなところへパッケージされるように、フォーマット自体がバージョンアップしてきてくれれば、ぜひそれもやってみたいなと考えています。

―― 最後に、「山麓丸スタジオ」の名前に込めた意味を教えて下さいますか。

原田 これはコピーライターで作詞家の岩崎亜矢さんが名付けて下さったのですが、まぁ冗談みたいな話なのですけども、このスタジオは「山麓」、つまり青山の山の上にあるわけです。山の上、頂上というのは見晴らしが良く、180度、360度のビューが見えて縁起が良いのではないかということで「山麓丸」という漢字の名称を付けさせて頂きました。もちろん、ここは青山で土地柄、新しいもの好きな方も沢山往来すると思いますので、「360RAの新しい音を創りたいんだとしたら、この山麓丸スタジオに来たらいいよ」と皆さんに思って頂けたら非常に光栄でございます。