<導入事例>

 

ビクタースタジオのスタジオ長、君塚範男氏


まずはビクタースタジオさんの沿革からおしえていただけますか。

君塚:1940年に築地に開設されたスタジオが始まりで、当時は一般の民家のような建物を改装して使用していました。この頃のエンジニアと言えば日本ビクターの技術の方が担当されていて、白衣を着たいかにも録音技師という装いで録音にあたっていたようです。現在の千駄ヶ谷に移ってきたのは1969年のことなので、来年で50周年を迎えます。開設後しばらくは日本ビクターのアーティストのためのスタジオという感じだったのですが、1982年に外部営業を本格化させ、レコーディングだけでなくマスタリング業務も開始しました。スタジオ数は最初4部屋でスタートしたのですが、現在は7部屋まで増え、20名超のエンジニアを抱えています。これまで国内外の多くのトップ・アーティストに使っていただき、実に50万曲を超える楽曲がこのスタジオで制作されました。今後もこれまでと変わらないスタンスで、時代を彩る音楽をサポートしていきたいと考えています。

他の商用スタジオと比較したビクタースタジオさんの特色というと?

君塚:スタジオごとに個性がある点でしょうか。他のスタジオですと、どの部屋でも同じように作業ができるということを売りにしているところが多いので、これはビクタースタジオの大きな特色なのではないかと思います。様々な特徴のあるスタジオを用意し、アーティストの皆様に選んでいただくというスタンスで、これはクライアントからも高く評価されています。301studioと302studioも、もともとは1つの部屋だったのを分割して、異なるタイプのスタジオにしたんです。もちろん、部屋ごとに個性があるというのは、運営側からすると苦労も多いんですけどね(笑)。

機材の変遷についておしえてください。

粕谷:コンソールは、JVC設計による自社製で、当時は日本ビクターとスタジオがかなり強力に結びついていたんです。ラージ・スピーカーは、80年代半ばまではホーン型のWestlake Audio TM-3を使用していました。君塚が「部屋ごとに個性があるのがビクタースタジオの特色」という話をしましたが、それはレコーディング・ブースの話で、コントロール・ルームに関してはなるべく機材を揃え、共通化していました。コントロール・ルームの機材まで個性を持たせてしまったら、スタジオの基準が無くなってしまいますからね(笑)。

ビクタースタジオさんは、日本で初めてGenelecのスタジオ・モニターを導入された商用スタジオとして知られています。その経緯についておしえていただけますか。

粕谷:80年代後半、スタジオで作った音を、コンシュマー用のオーディオ・システムで再生すると、何だか違和感を覚えるようになったんです。両者の音に徐々にズレを感じ始めた。それはTM-3の色が強すぎるせいではないかということに気付き、よりナチュラルなサウンドの信頼できるスピーカーを探し始めるきっかけになりました。そんなときに発表になったのがGenelec 1035Aで、発売間もないスピーカーなのにも関わらず、Metropolis Studiosといった著名なスタジオがこぞって導入しているという情報が豊島政実さん経由で入ってきました。それで高田英男さんと内沼映二さん、豊島政実さんのお三方がロンドンに足を運び、いくつかのスタジオで1035Aを試聴されて。そのときの衝撃はかなり大きかったようで、高田さんは「圧倒的なエネルギーでありながら、歪みが少なく、高解像度。TM-3の問題がすべてクリアされているスピーカー」とおっしゃっていました。それでこれは間違いないモニターということで、1990年、TM-3に替わる新しいリファレンス・スピーカーとして401studioに導入したという経緯です。それから徐々に他の部屋も1035Aに入れ替え、1990年以降のビクタースタジオのリファレンスとなりました。現在も計7式の1035A/1035Bが稼働しており、リファレンスであり続けています。

401studioスタジオに導入された1035

当時は珍しかったアクティブ仕様のスピーカーを導入するということに迷いは無かったのでしょうか。

粕谷:高田さんは、「これだ!」となったら思いっきり突き進むタイプの方なので(笑)。みんなそれに付いていった感じですね。

君塚:高田さんはビクタースタジオのエンジニア全員にリクスペクトされているんです。

粕谷:実は1035Aが発表される数年前、イルポ・マルチカイネンさん(注:Genelecの創業メンバーの一人で、元会長。2017年永眠)が市場調査を兼ねてビクタースタジオを訪れているんです。その際、301studioで高田さんのリズム録音を見学されたそうですが、あまりの大音量に驚かれたそうで(笑)。「何でこんなに大きな音量で作業しているのか」と訊ねるイルポさんに、高田さんは「ミュージシャンの演奏を盛り上げたり、録音現場の士気を高めるためには音量は大事なんです」と答えたそうです。同時に「圧倒的なパワー感のあるスタジオ・モニターが欲しい」とリクエストしたそうで、その意見はもしかしたらGenelecの開発陣にしっかり伝わったのかもしれません。その数年後に、1035Aが発表になりましたからね。401studioが完成した1990年にはイルポさんは再来日されて、以降Genelecサイドとはかなり密にやり取りをする関係になったようです。

401スタジオ竣工式に参加するイルポ・マルチカイネン

ニア・フィールド・スピーカーに関しては?

粕谷:ニア・フィールド・モニターについて、それまではヤマハ NS-10Mをメインに使っていたんですが、ツイーターの音がキツいといった問題がありました。この問題を解決してくれたのもやはりGenelecで、ツイーターにリボン・ドライバーを採用したS30の導入に繋がりました。NS-10MとS30という2台体制が確立し、その後発売された1031Aが、その後を引き継いで現在も活躍しています。

一方、マスタリング・スタジオに関してもモニター環境の共通化ということを考え、1035Aを導入することを検討したのですが、部屋の容積が小さいということで1033Aを導入しました。1033Aは現在でも2台稼働しています。

最初はTM-3に替わるラージ・スピーカーとして導入されたGenelecですが、徐々にスタジオ全体のリファレンスになっていったという感じですね。

粕谷:そうですね。音もそうですが、業務用機器としての品質も素晴らしかった。1994年、イルポさんにご招待いただいて、高田さんがフィンランドの工場に見学に行ったんですが、「機械による大量生産に頼ることなく、人間が手作業で生産していた」とおっしゃっていました。「かなり品質にこだわって生産されているので、これなら安心して使っていける」と。

ビクタースタジオのエンジニア、中山佳敬氏

Genelec


あらためて、“Genelecサウンド”の魅力というと?

中山:一番は低域のパワー感ですね。高域、中域、低域と、全帯域にわたって凄くバランスが良いのに、低域に他社製スピーカーには無い独特のパワー感があるんです。僕がビクタースタジオに入社した年に401studioができて、そこで初めてGenelecの音を聴いたわけですけど、もの凄くハイファイで音圧もあって、スタジオのラージ・スピーカーというのはこういう音なんだなと思いました。それは自分にとって、かなり強烈な体験でしたね。そのときに感じたハイファイで音圧があるというイメージは、その後に発売になった製品にもしっかり受け継がれている。その印象は当時から今に至るまで変わりませんね。

粕谷:僕も同じで、圧倒的なパワー感がGenelecの魅力だと思います。どうしてここまで力強い音が出るのかなと。1035Aも1031Aも古いスピーカーなので、新しい製品と比べると粗っぽく感じるときもあるんですけど、クセの無い音圧という点ではまだまだ劣ってないと思います。

中山:僕自身、この音に完全に慣れてしまっているので、Genelecのスピーカーがあるスタジオだと安心して作業ができる。“Genelecサウンド”が自分の中で基準になっているので、他のスタジオで作業することがあっても、そのハコの癖が分かって差を埋めやすいんですよ。本当に作業がやりやすいスピーカーですね。

アクティブ設計であることのメリットは感じますか?

中山:感じますね。どのスタジオでも同じ音で作業ができますから。同じNS-10Mでも、アンプが違えば音も違う。アクティブ設計ということで、不安な要素が無いですよね。

粕谷:やはりアンプとユニットが同じメーカーというのは信頼感があります。メンテナンスということを考えても1社で済むわけですからラクですよね。

業務用機器としては耐久性も重要だと思うんですが、そのあたりはいかがですか?

粕谷:もの凄くいいと思います。内部でトラブルが生じた際も、他の部分に影響を与えないような設計になっていたり、とにかく壊れないようにできているんです。商用スタジオで使用する機器として、圧倒的に安心感がありますね。

ビクタースタジオの営業グループ、粕谷尚平氏

The Ones


一昨年、ビクタースタジオさんには、The Ones 8351Aを導入していただきました。

中山:これまでサラウンド・ミックスのときは、1032Aを5本使って作業することが多かったんですが、正直あまりしっくりきていなかったんです。最初からサラウンドで作業する場合はいいんですけど、2ミックスの作品を5.1chに広げる際にイメージの違いがあって。それでもう少し違和感なく作業ができるスピーカーはないものかと探していたときに発表になったのが8351Aだったんです。まずはデモ機をお借りして、サラウンドではなくステレオで使ってみたんですが、一聴して「おおおっ!」という感じでしたね。フル・レンジではないんですけど、上から下までフル・レンジで聴いているかのようなバランスで、押し出し感もしっかりある。これぞ“Genelecサウンド”という印象で、すぐに導入を決めました。

粕谷:その前の8000シリーズは、1031Aなどと比べると繊細なんですけど、音がツルっとしてしまった印象で、導入には至らなかったんです。それを考えると、10年以上ぶりに新規に導入したGenelecのスピーカーということになりますね。

中山:この10年でアクティブ・スピーカーが流行になり、エンジニアが自分のスピーカーを持ち込むようになったんですけど、試しに聴かせてもらうと、「こんなにクセのある音だと基準が分からなくなってしまうんじゃないか」と感じるものばかりだったんです。そんなときに登場したのが8351Aで、最初に聴いたときは「これだよ、これ!」と久々に興奮しましたね。プロ・オーディオのモニター・スピーカーってこういう音だよなっていう。

粕谷:最近は多くのメーカーがアクティブ・スピーカーの開発に力を入れていて、「ウチのスピーカーはこういう音が特徴です」と売り出していますけど、スタジオで使うモニター・スピーカーにはそんな特徴は要らないんです。民生機ではないわけですから(笑)。その点、8351Aは本当にフラットで特徴が無い。プロが使うスピーカーはこうじゃなきゃと思いましたね。

The Onesは、3ウェイの同軸デザインが採用されていますが、そのあたりはいかがですか?

中山:個人的には同軸スピーカーは好きではなかったんです。ベスト・ポジションでないと正確なモニタリングが出来ないので、周りに音を聴かせるのが大変だったり。また、ちょっと動いたときの位相のズレも苦手でした。しかし8351Aは、同軸らしからぬサウンドで、フル・レンジのスピーカーで聴いている印象なんですよ。同軸デザインで、こういう音のするスピーカーって、これまで無かったのではないかと思います。なので、自分の中では同軸という感覚は無いですね。

DSPを使ったキャリブレーション機能、『SAM(Smart Active Monitor)』システムに関しては?

中山:凄く秀逸です。最近はちゃんとしたモニター環境ではない場所で作業しなければならないことも増えているので、かなり役立つ機能なのではないかと思います。ただ、8351Aに関して言えば、DSPを使わないとダメなスピーカーではないんですよ。補正ありきのスピーカーではない。最初にお借りしたときもキャリブレーションしなかったんですが、それでも十分良い音だった。スピーカーとしての素性がいいからこそ『SAM』システムのような機能が生きてくるのではないかと思います。

The Onesの他のサイズは試聴されましたか?

中山:すべて聴きました。どれも凄く良いので、部屋のサイズに合わせて使うといいのではないかと思います。個人的な印象ですと、8351Aが一番フラットな感じがしますね。

インタビューの最後に、Genelecに期待することがあればおしえてください。

中山:最近のGenelecは、自分が最初に聴いて感動したときの感じが戻ってきている印象があるので、ぜひこの感じで新製品を開発していってほしいですね。新しいThe Onesは、本当に素晴らしいスピーカーだと思います。

粕谷:「こんなスピーカーができたから使って」ではなく、ユーザーと常に繋がりを持って、現場の意見に耳を傾けながら製品開発を行っているところがGenelecの良さだと思っています。今後もこのスタンスは続けていってほしいですね。

君塚:これまでを振り返っても、ビクタースタジオとGenelecは単なるスタジオとメーカーの関係ではなかったと思うんです。音楽を作るというクリエイティブな仕事の中で、良いパートナーであり続けました。Genelecのその姿勢をとてもリスペクトしていますし、今後も良いパートナーであり続けたいと思っています。

インタビューに応えて頂いた皆様(右から君塚氏、中山氏、粕谷氏)