Genelec 7.1.4chDolby Atmos -

カルロス・ロドガーマン
MichaelDolby AtmosGenelec 7.1.4ch
―― まずは自己紹介と普段の仕事内容、そして音楽の道に進んだ経緯についてお聞かせください。

私はグラミー賞およびラテン・グラミー賞ノミネートの音楽プロデューサー/作曲家/エンジニアのカルロス・ロドガーマン。Dolby Atmosには特別な思い入れがあります。ポール・アンカ、マイケル・バブル、ファン・ガブリエル、グロリア・トレヴィなど、多彩なプロジェクトに携わることができ、大変光栄でした。

音楽は母方と父方どちらの家系にも根付いていたので、子どもの頃からこの道に進もうと考えるのはごく自然なことでした。

 

―― 最近、エンジニアのHum(ウンベルト・ガティカ氏)と共同で、マイケル・ジャクソンのアルバム5作のDolby Atmosミックスを手がけたそうですね。このプロジェクトに関わることになった経緯を教えてください。

ウンベルトとは長年一緒に仕事をしてきました。今回、映画『Michael/マイケル』のために、ソニーとMJ Estate(マイケル・ジャクソン遺産管理財団)から彼の元へ、MJの多くのレコードのステム・ミックスをしてほしいと依頼がありました。というのも、オリジナル・テープをデジタル化したデータしかなかったので、まずはミックス用のステムを作る必要があったからです。彼がこれらのステレオ・ステムに取り組む中で、全ディスコグラフィーをDolby Atmosで制作するという話が持ち上がりました。伝記映画が完成するとアーティストのこれまでの楽曲への注目が一気に高まるのはお馴染みの流れです。そこで私たちはすぐに作業に取り掛かりました。今でも、夢のような仕事のひとつだと思っています。

カルロス・ロドガーマン

 

―― こうした象徴的なアルバムを手がける際、オリジナルのステレオ・ミックスに忠実でありながら、イマーシブ・オーディオならではのクリエイティブな可能性を最大限に引き出すにはどうすれば良いのでしょうか?

最大の課題は、長年の思い出が詰まった楽曲の「フィーリング」を再現することでした。誰もが期待するオリジナル感を保ちながら、イマーシブ・フォーマットならではの新しい体験を生み出す必要がありました。オリジナルのステレオ・ミックスを置き換えるわけではないので、新しい体験をもたらしつつ、全く別の作品のように感じさせないよう、慎重に設計しました。楽曲のアレンジを空間全体にどう広げるかについて、いくつか工夫をしました。イマーシブ・フォーマットではより広い空間を扱えるので、オリジナル・ミックスでは十分なスペースを与えられなかった要素もより際立たせることもできました。

 

―― オリジナルのマルチ・トラック音源を扱う中で、Atmosミックスでリスナーがより聞き取りやすくなった新たなディテールに気づくことはありましたか?

もちろんです!これらの作品には素晴らしいアレンジと非常に豊かな音楽性が詰まっているので、以前はそれほど目立たなかったさまざまな音の表情を、リスナーに届けられるようになりました。これは多くの楽曲に当てはまります。

たとえば『Man in the Mirror』でゴスペル合唱団が登場する場面のピアノや、『I Can't Help It』の素晴らしいストリングス・アレンジなど。『Black or White』でも、ギターとエフェクトが新たな命を吹き込まれています。

 

―― 様々な作品の各トラックを試聴する中で、はじめに音源を整理したり、クリーニングしたりする必要はありましたか?

それほどクリーニング作業は必要なかったですね。多少手を入れた程度です。ただ、何もかもを「完璧」にしようとはしたくありませんでした。完璧にしてしまうと、それは全く別の体験になってしまうからです。

むしろ一番時間がかかったのは、Atmosとステレオの音源をきっちり合わせる作業でした。というのも、もともとの音源はすべてアナログ・テープで録音、ミックス、マスタリングされていて、そのうえ、マスタリング時にスピードを上げられているトラックも多かったからです。そのため、マルチ・トラックから新しいステムを開いてみると、キーもスピードもそれぞれ違っていたんです!

そこで、どの程度スピードを上げればいいのかを見極め、ドリフト(ズレ)が生じる度に、曲ごとに調整を続けなければなりませんでした。言うなれば、いつもより多めのコーヒーが必要でしたね!

 

―― それぞれの作品は制作時期が異なりますが、各アルバムのサウンドには一貫性がありましたか?

アルバム毎に異なりますが、『Off the Wall』と『Bad』には、ホーンやストリングスなど、多くの音楽的要素(そしてクインシー・ジョーンズの存在も(笑))に一貫性があります。もちろん、『Bad』の頃にはシーケンサーやMIDIが使われるようになっていたので、制作方法は変化していますが、それでも私には同じ「ファミリー」のサウンドに聞こえます。

『Dangerous』『History』、そして後の『Invincible』になると、ドラムのサウンドやキーボードなどに、時代による違いが感じられます。もちろん、最大の一貫性はマイケル・ジャクソン自身。そして、あらゆるパートの背後にある彼の頭脳です!

カルロス・ロドガーマン

 

―― スタジオで使用している主要な機材(ミキシングコンソール、DAW、プロセッサー、音源、シグナル・ディストリビューションなど)について教えていただけますか?

私のスタジオはNeve Genesys Black 3Dコンソールを中心に構成されています。これはフル・アナログ・コンソールでありながら、デジタル・オートメーション機能とDolby Atmosオブジェクトのコントロール、モニタリング機能も備えています。

DAWはPro Tools HDXを使用しており、ステレオとDolby Atmosの両方でミキシングを行っています。モニタリング・システムはGenelecによる7.1.4chを使用していますが、アレンジャーとして作業する際はLogic Proを使用しています。Atmos環境で使用しているお気に入りのアウトボードは、Bricasti M7が2台、AMS RMX16、Eventide H9000、Tegeler Audioのリバーブですが、Liquidsonicsのリバーブのようなイマーシブ・プラグインも使用しています。

私はまさにハイブリッド・システムで作業しています。非常に柔軟性が高く、アナログでのステレオ・ミックスとAtmosミックスを同時に行うことが可能です。

 

―― イマーシブ・オーディオのミックスへのアプローチとステレオ・ミックスとの違い、そこにあるクリエイティブ上の可能性や課題について教えてください。

ステレオとAtmosのミックスは全く異なります。明らかな理由は空間の違いですが、それ以上に、音を横や後ろに移動させたときの知覚の変化にも関係しています。聴こえ方が変わることで、必要なコンプレッションやEQ、エフェクトなども変わってくるかもしれません。だからこそ、私は今でもステレオ・ミックスとAtmosミックスの両方を自分の手で行うようにしています。Atmosミックスからステレオにフォールドダウンしたものは、そこのコントロールが効かないので使いません。

よく耳にする最大の課題であり間違いは、ミックスを「壊す」ことなくイマーシブな体験を作り出そうとすること。そうすると、結果的に全体としてまとまりがなくなってしまいます。逆にあまりにも慎重になりすぎると、結局、背後にリバーブがかかっただけのステレオ・ミックスになってしまうのです。

 

―― Genelecのモニタリング・システムについて教えてください。また、Genelecを選んだ理由と、そのモニタリング・システムがイマーシブ・オーディオでの作業にどのように役立っているのか教えていただけますか?

私はGenelecの7.1.4chシステムを使用しており、LCRに8341、サイドとサラウンドに8331 、ハイトに8320 、そして全スピーカーをコントロールする2台のサブウーファーを設置しています。

私にとっては、Genelecが最適な選択肢でした。まず何より、業界標準の音質であること、そしてウンベルトが長年にわたってGenelecを使い続けてきたこと。さらに、私自身がGenelecの音質とイメージング(音像定位)が気に入っていることです。自分の部屋で聴いている音が、どこで再生しても100%間違いなく再現されると信頼できることが大きいですね。

 

―― システムのキャリブレーションにGLM(Genelec Loudspeaker Manager)を使用しましたか?また、GLMを使うことで、どのような違いが生まれるのでしょうか?

GLMシステムは、私がこのイマーシブ・システムの構築にGenelecを選んだ2つ目の理由です。あらゆる方向にスピーカーが配置されているうえ、部屋そのものの影響もあるので、システムをキャリブレーションできるだけでなく、モニター・コントローラーとしても機能するものが必要でした。GLMがあれば、高価なイマーシブ・コントローラーを用意する必要もありません。

システムをキャリブレーションすることの重要性は、いくら強調してもしすぎることはありません。そうしなければ自分は「目隠し」状態で、せっかくの作業が的外れな方向に進んでしまう可能性があります。しかも、キャリブレーションにかかる時間はわずか3分です!

 

―― マイケル・ジャクソンのアルバム以外に、最近取り組まれているイマーシブ・オーディオのプロジェクトはありますか?

最近では、ポール・アンカの最新アルバムのオーケストレーションを手がけました(Atmosミックスは私が担当したのではなく、親友のホルヘ・ヴィヴォが自身のGenelecシステムでミックスしました)。現在はHumと共同で、クラシック・クロスオーバー・プロジェクト(言うまでもなくイマーシブの)に取り組んでいます。今では、私が関わっているプロジェクトの99%はAtmosミックスになっていると言えるでしょう。

カルロス・ロドガーマン

 

―― 今後数年間で、イマーシブ・オーディオはどのように発展していくと考えていますか?

私の考えでは、「イマーシブ・オーディオは定着するのか?」という問いはもう過去のものとなりました。既に定着しており、今後も一般のユーザーへの普及が進んでいくでしょう。ますます多くの車がイマーシブ・オーディオに対応し、サウンドバー、テレビ、そして今やYouTubeなどにも対応していることは、とてもワクワクしています。

私の唯一の願いは、多くの人がヘッドホンで聴き続けるであろうことを考えると、スピーカー体験に近いヘッドホン体験を早く届けられるようになることです。そこにはまだ改善の余地があると思います。

優れたシステムで初めてイマーシブ・オーディオを体験した人々の反応を見るのは、私にとってかけがえのない経験です。決まって言われるのは、「まるで初めてこの曲を聴いているみたい!」というものです。

イマーシブ・オーディオには非常に大きな可能性があると思います。作曲・アレンジ、そしてレコーディングの段階から、イマーシブを前提に考えるアーティストやプロデューサーがもっと増えていくことを楽しみにしています。